大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)1433号 判決 1982年11月26日
原告 国
右代表者法務大臣 坂田道太
右指定代理人 前田順司
<ほか三名>
被告 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 分銅一臣
同 横井貞夫
右分銅一臣訴訟復代理人弁護士 麻田光広
主文
一 被告は原告に対し、金四二六万九二二〇円及びうち金一一万三〇二四円に対する昭和五一年九月一八日から、うち金一六万二四七二円に対する同年一〇月一八日から、うち金一一万一一一一円に対する同年一二月一〇日から、うち金二万二五九一円に対する昭和五二年三月三〇日から、うち金三八六万〇〇二二円に対する昭和五三年一〇月二〇日から、各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、昭和五一年九月一四日午後六時五分頃、神戸市須磨区東須磨第二神明道路下り〇・五キロポスト付近路上において、自動車を運転中、勤務を終え自動車を運転して前方を同一方向に退勤途中の長田郵便局職員訴外松尾正治(以下被害者という)が無謀な運転により被告の進路を妨害したとして、被害者運転の自動車を停止させたうえ、被害者を難詰したところ、その際の被害者の態度に立腹し、自車内に置いていた棍棒を持ち出して被害者にあらためて謝罪を迫るうちに激昂し、いきなり右棍棒で眼鏡をかけていた被害者の右顔面を一回殴打し、被害者に対して加療約八七日間を要し右眼失明に至る右穿孔性角膜外傷、右虹彩脱出及び右前房出血の傷害を負わせた。
2 右の被告の暴力行為により、被害者は次の損害を被った。
(一) 治療費 一〇万一八〇〇円
別所外科に対する昭和五一年九月一四日分の治療費一四〇〇円及び神戸大学医学部附属病院に対する同年同月一四日から一〇月三一日までの治療費一〇万〇四〇〇円。
(二) 入院雑費 九〇〇〇円
入院期間九日につき一日一〇〇〇円の割合による。
(三) 眼鏡購入費 一〇万〇七〇〇円
被害者の眼鏡が壊れ、また被害者が右眼に義眼を入れたことにより必要となった眼鏡代。
(四) 休業損害 四〇万九一九八円
被害者は昭和五一年九月一五日から同年一〇月二六日まで三九日間欠勤を余儀なくされたが、右の期間中支給を受くべき給与及び賞与の合計額。
(五) 逸失利益 一九五七万三三五八円
被害者は受傷当時四七歳で六七歳まで二〇年間就労可能なものであるが、右眼の失明により四五パーセントの労働能力を喪失(国家公務員災害補償法による後遺障害八級一号に該当)したものといわねばならず、同人の年間収入額三一九万四五〇三円を基礎としてその間の損害の現価を算出すると一九五七万三三五八円となる。
(六) 慰藉料 四五〇万円
被害者が受けた傷害及び後遺障害の程度、入通院の期間等を勘案すると、これを慰謝するには四五〇万円が相当である。
3 原告は、被害者の傷害を公務災害と認定し
(一) 被害者の欠務期間中の給与として
昭和五一年九月一七日に一一万三〇二四円
同年一〇月一七日に一六万二四七二円
同年一二月九日に一一万一一一一円
昭和五二年三月二九日に二万二五九一円
(二) 国家公務員災害補償法の規定に基づき障害補償として昭和五三年一〇月一九日に三八六万〇〇二二円
をそれぞれ被害者に支払った。
4 その結果、原告は、国家公務員災害補償法六条一項及び民法四二二条の規定に基づき、右の支払合計額四二六万九二二〇円の限度で被害者が被告に対して有する前記損害賠償請求権を代位取得した。
5 よって原告は被告に対し、金四二六万九二二〇円及びうち金一一万三〇二四円に対する給与支給日の翌日である昭和五一年九月一八日から、うち金一六万二四七二円に対する同じく同年一〇月一八日から、うち金一一万一一一一円に対する同じく同年一二月一〇日から、うち金二万二五九一円に対する同じく昭和五二年三月三〇日から、うち金三八六万〇〇二二円に対する障害補償給付日の翌日である昭和五三年一〇月二〇日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は、原告主張の日時、場所において、被告が被害者の危険な自動車の運転の仕方に対し謝罪を迫り、棍棒で被害者に傷害を負わせたことは認め、傷害に至った態様は否認し、その余の事実は知らない。
2 同2の事実は知らない。
本件は、被告が第二神明道路下りの〇・五ポイント付近路上を時速約八〇キロメートルで走行中、被害者運転の軽四輪乗用車が突如被告の進路を妨害し、ストップランプを点滅させジグザグ運転したことに起因して、被告が被害者の車を停止させ、その無謀運転を注意したところ、被害者は「わしも長いこと運転しとるんや、わしの追越しに文句を言われることはない」と反論し、一旦は謝罪はしたもののその後「若造が生意気なことをぬかしやがって」等と言ったため、もみ合いとなり、その結果本件傷害事件が発生したものであって、右の経緯からすれば、被害者の無謀運転及び被告との応待態度にも過失があったというべきであり、被告が被害者に対して負うべき損害賠償額の算定上相応の過失相殺がなされるべきである。
3 同3の事実は知らない。
4 同4及び5の各主張は争う。
三 抗弁
1 被告と被害者との間には、原告が被害者のために支払った治療費及び欠勤期間中の給与を除いて、被告が被害者に総額四〇〇万円を支払う旨の和解が成立した。右の話し合いの結果については昭和五四年二月一三日神戸簡易裁判所で即決和解がなされているが、これは既に成立した合意内容に執行力を附するためのものであったに過ぎず、合意自体は、原告が障害補償給付をなす以前の昭和五二年の段階から成立していたもので、即決和解をなす以前に被告が後記3のとおり八〇万円の債権譲渡、一〇〇万円の支払をしていることは右の事実を示すものである。従って、被告が原告から代位請求を受けるべき限度は原告が支給したうち欠勤期間中の給与等の額のみである。
2 国家公務員災害補償法六条は、補償の原因が第三者の行為によって生じた場合に補償を行ったときは、その価額の限度で被害者が第三者に対して有する請求権を国が取得する旨、他方民法四七四条は第三者の弁済に関して、当事者の意思に反し得ない旨規定している。ところで、加害者には二重払いの危険があるのであるから、右の各規定を考慮するとき、求償権を取得するためには、国はすくなくとも加害者に対して、被害者に国家公務員災害補償法による補償がなされる事実を告知すべき義務があるというべきである。しかるに、本件においては原告は右の義務を尽くさず、そのため被告は右補償支払の事実を知らずに被害者との間で四〇〇万円で和解し、既に二〇〇万円を支払ずみである。従って、原告が取得する請求権から右の金員が控除されるべきである。
3 仮に前項の主張が認められないとしても、被告は保釈保証金返還請求権を損害の一部として被害者に昭和五一年一二月二四日譲渡し、被害者も同月末頃にはこれを了解し、右の了解に基づき昭和五四年三月中旬頃に八〇万円が被害者に支払われた。また、被告と被害者の間で昭和五三年中旬頃、損害の内金として一〇〇万円を支払う旨の合意が成立し、右の合意に基づき被告は被害者に対し同年六月一〇日から同年一〇月一九日までの間に一〇〇万円を支払った。右のとおり被告は昭和五三年一〇月一九日までに既に一八〇万円を支払ずみであるので、右の額は控除されるべきである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は、被告と被害者の間に昭和五四年二月一三日四〇〇万円を支払う旨の即決和解が成立したことは認めるが、その余は否認する。原告が被害者に障害補償金を給付したのはこれより以前の昭和五三年一〇月一九日である。さらに、原告は被害者に対し障害補償金給付前から本件傷害にかかる慰謝料については障害補償と切り離して独自に被告との間で和解することができる旨説示しており、被害者は右の説示に従い、慰謝料についてだけ和解するものであることを被告の代理人丹治初彦に話し、同代理人もこれを了解して右和解がなされたものである。右の次第で、原告の代位請求が右の和解によって制限されるべきいわれはない。
2 同2の主張は争う。
3 同3の事実は、被告が被害者に対し、昭和五一年一二月二四日保釈保証金八〇万円の返還請求権を譲渡したこと、昭和五四年三月中旬に右金員が被害者に支払われたこと、被告がさらに一〇〇万円を支払ったことは認めるが、右一〇〇万円が支払われたのは昭和五三年一二月一六日のことであり、その余の事実は否認する。被告は、本件傷害事件に関する刑事裁判を有利に展開するために、被害者との話し合いが合意に達する以前に一方的に損害金の内金として金員を支払っていたもので、右支払の事実は何ら被告と被害者の間に昭和五二年当時損害賠償額についての合意が成立したことの証左となるものではない。
第三証拠《省略》
理由
一 被告が、昭和五一年九月一四日午後六時五分頃、神戸市須磨区東須磨第二神明道路下り〇・五キロポスト付近路上において、自動車を運転中のところ、被害者に無謀な自動車運転行為があったとして、被害者の車輛を停止させたうえ謝罪を要求し、その際、棍棒で被害者に傷害を負わせたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告は長さ約八〇センチメートル、直径約三センチメートルの棍棒で被害者の右顔面を一回殴打し、被害者に加療約八七日間を要し右眼失明に至る右穿孔性角膜外傷、右虹彩脱出及び右前房出血の傷害を負わせたことが認められ、そうすると、被告は被害者に対して不法行為に基づく損害賠償義務をまぬがれない。
二 右の不法行為により被害者は次のとおり損害を被ったことが認められる。
1 治療費 一〇万一八〇〇円
《証拠省略》によれば、被害者は受傷後別所外科及び神戸大学附属病院で治療を受けたが、その間の治療費として右の金員を要したことが認められる。
2 入院雑費 九〇〇〇円
《証拠省略》によれば、被害者は右附属病院に九日間入院したことが認められ、その間入院に伴う諸雑費を支出したものと推認されるところ、その額は一日当り一〇〇〇円を相当と認める。
3 眼鏡購入費 一〇万〇七〇〇円
《証拠省略》によれば、被害者は被告の傷害行為により眼鏡を壊され、また右眼失明の結果義眼をいれたために新たに眼鏡を必要とし、その購入費として右金員を出捐したことが認められる。
4 休業損害 四〇万九一九八円
《証拠省略》によれば、被害者は本件傷害により昭和五一年九月一五日から同年一〇月三一日までの間に三九日欠勤したが、原告は、その間被告が支給を受くべき給与及び右期間分に相当する賞与額として四〇万九一九八円を支払っていることが認められ、そうすると、被害者は右の額の休業損害を被ったとみるべきである。
5 後遺障害による逸失利益 四九七万九四七二円
本件傷害により被害者に右眼失明の後遺症が残ったことは前記のとおりであるところ、《証拠省略》によれば、被害者は受傷当時四七歳の男子であって長田郵便局に勤務し、昭和五一年度において給与及び賞与として三一九万四五〇三円の支給を受けていること、しかし、被害者は右の後遺症に悩まされながらも職場に復帰してからは、従前同様に同局員として集配業務に従事しており、今後も右の職業を続けていく意思を持ち、右後遺症の存することによって給与その他の待遇面で不利益を受けることなく昇給しており、六〇歳に達するまでは右の身分を保持し、その間は右の後遺症によって減収を生ずることのないことが認められ、そうすると、本件における被害者の逸失利益は、被害者が六〇歳に達した時から稼働可能年令である六七歳に達するまでの期間につき考慮して算定するのが相当というべきところ、右後遺症の内容に照らして被害者は労働能力を四五パーセント喪失したものというべきであり、昭和五六年度賃金センサス産業計企業規模計男子六〇歳から六四歳までの年間収入額は二八〇万七七〇〇円であるので、これらを基準にして右の期間の逸失利益につき、ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して受傷当時の現価を算出すると、その額は四九七万九四七二円となり、被害者は逸失利益として少くとも右の額の損害を被ったものというべきである({12,807,700×(13.6160(ホフマン係数20年)-9.8211(ホフマン係数13年)×0.45})。
6 慰謝料 四五〇万円
被害者が入通院して治療を受け、そして右眼失明という重大な後遺症により精神的苦痛を被ったことは容易に推認されるところ、本件傷害事件の態様、後遺症の部位・程度、被害者の年令、職業その他諸般の事情を考慮すると、右の苦痛を慰謝するに足る金員は原告が主張する四五〇万円を下らないと認めるのが相当である。
右1ないし6の損害の合計額は一〇一〇万〇一七〇円となる。
三 そこで、被告の過失相殺の主張について検討するに、《証拠省略》を総合すると、本件傷害事件に至るまでの経緯につき、以下の事実が認められる。
被告は普通乗用車を運転して神明道路の現場付近を明石方面に向け、先行する車輛を追い越すべく中央寄りの追い越し車線を時速約八〇キロで走行していた。ところで、右先行車輛の前方に勤務を終えて帰宅途中の被害者が自動車を運転していたが、被害者を自車に先行する車輛を追い越すべく急に追い越し車線に進出し、被害者の車が軽自動車であって加速能力に劣り、かつ現場がやや上り勾配の場所であったところから、被告の車と被害者の車は至近の距離まで接近する危険な状態を生じ、被害者の車が被告の車の走行を妨害する結果となり、そこで被告が被害者の追い越しの仕方を注意すべくライトを点滅させたこともあって被害者は眼がくらみ、追い越しを完了したか否か一瞬判断できずもとの車線に戻るタイミングを失して、その度にジグザグ運転をする結果となった。これに立腹した被告は、被害者の車の前方に出てかむさるようにして同車を停車させたうえ車を下り、車から出てきた被害者に対して、同人の追い越しの仕方が危険であると強く詰問し、謝れと要求し、謝り方が悪い、土下座して謝れと迫り、被害者は謝罪の意を表明した。そこで被告はいったん自車に戻ったところ、被害者が口にした「若造が……」という言葉を耳にして再度立腹し、自車内に置いていた棍棒を持ち出して車を下り、その剣幕に驚いて車から出て反対側にまわった被害者にボンネットを乗り越えて近づき、「何をゴチャゴチャ言っているのか。なめとったらあかんぞ」と文句をつけ、右の棍棒で被害者の右顔面を殴打し、受傷させた。
右認定によれば、被害者は不適切な追い越し運転を行って被告の進路を妨害し危険を生じさせたことは否定できないが、この点については被害者は被告の高圧的ともいうべき謝罪要求に一度ならず応じており、にもかかわらず被告は別れ際に被害者が示した態度が気にいらないとして棍棒まで持ち出し、無抵抗な被害者にいきなり暴行を加えたもので、右の経緯からすると、被害者に右のような暴力を誘発するが如き責められるべき落度があったとまでいうことはできず、また本件傷害発生の発端となった被害者の運転の不適切も、右暴力によって生じた傷害についての損害賠償額の算定上斟酌すべき事情に該らないというべきであり、被告の過失相殺の主張は理由がない。
四 被害者が、本件傷害により昭和五一年九月一五日から同年一〇月三一日まで欠勤し、かつ右眼失明の後遺症が残ったことは前認定のとおりであるところ、《証拠省略》によれば、原告は右の欠勤期間中の給与及び賞与として、昭和五一年九月一七日に一一万三〇二四円、同年一〇月一七日に一六万二四七二円、同年一二月九日に一一万一一一一円、昭和五二年三月二九日に二万二五九一円の合計四〇万九一九八円を支払い、また本件は被害者の通勤途中の災害事件であるところ、原告は国家公務員災害補償法の規定に基づく障害補償一時金として、昭和五三年一〇月一九日、三八六万〇〇二二円を支払ったことが認められ、そうすると、原告は民法四二二条及び国家公務員災害補償法六条の規定により右支払合計額四二六万九二二〇円の限度で各給付をなすと同時に被害者が被告に対して有する前記損害賠償請求権を代位取得したことは明らかである。
五 被告の抗弁について判断する。
ところで、国は公務災害による補償給付を行った場合において、給付時に給付額の限度で被害者が第三者に対して有する損害賠償請求権を代位取得するのであるから、その後被害者と第三者との間で右損害賠償義務を減免するが如き示談ないし和解が成立しても給付額の限度では何ら効力を有しないことは明らかであるところ、本件においては、被告が昭和五一年一二月二四日保釈保証金八〇万円の返還請求権を被害者に譲渡し、右金員が昭和五四年三月中旬に被害者に支払われたこと、右のほか被告から被害者に金一〇〇万円が支払われたこと、被告と被害者との間で昭和五四年二月一三日、被告が被害者に金四〇〇万円を支払う旨の即決和解がなされたことは当事者間に争いがないけれども、被告主張のように昭和五二年頃またはおそくとも原告が補償給付をなす以前に右即決和解の内容どおりの金額に関する合意が成立していたとの事実については、これを肯認するに足りる証拠はない。かえって《証拠省略》によれば、被告は昭和五一年一一月二九日本件傷害事件で起訴されたが、被害者に対して支払うべき損害賠償額について何ら合意のないまま同年一二月にとりあえず前記保釈保証金の返還請求権を譲渡する旨被害者に一方的に通知したものであり、そして原告は右刑事々件の一審判決言渡後の昭和五三年一〇月一九日に被害者に対して障害補償給付を行ったものであるが、被告において右判決に控訴してのちの昭和五三年一二月四日に至って、それまで何度か被害者と交渉していた右刑事事件の弁護人が被告を代理して被害者との間で、被告が被害者に対して、郵政省から支払ずみの休業補償及び治療費を除いて金四〇〇万円の損害賠償義務があることを認め、同日被告が一〇〇万円の支払をなし被害者がこれを受領したことを確認し、残金三〇〇万円のうち八〇万円は保釈金をもって充当し、二二〇万円はこれを分割して支払う、そして右分割協議が成立した段階で即決和解をなす旨の覚書が作成され、その後昭和五四年二月一三日に右覚書の内容に従った即決和解がなされ、なお金八〇万円については同年三月中旬に被害者に支払われたものであることが認められる。
被告は、本件のように補償給付者が被害者の加害者に対する損害賠償請求権に代位する関係にあるときは、加害者が右の事実を知らずに被害者と示談をとげ、支払をなす場合もあるのだから、加害者に二重支払の危険があり、民法四七四条の規定の趣旨からしても、事前に加害者に通知してから補償給付を行うべき義務があり、右の義務をつくさずになされた補償給付に基づく代位請求は、たとえ示談がのちに成立したものであってもその内容に制限され、かつ支払ずみの限度で免責されるべき旨主張する。しかしながら、国家公務員災害補償法に基づく補償給付は、民法四七四条の第三者の弁済と異なり、公務災害という補償要件を具備したときは必要的に給付がなされ、そして給付額の限度で被害者が加害者に対して有する損害賠償請求権に法律上当然に代位するものであり、なるほど被告主張の如き事態の起こりうる可能性は否定できないけれども、そのために被告主張の如く補償給付者に事前の告知義務を課し、これを欠いた補償給付に基づく代位請求に関しては、のちに成立した加害者と被害者の示談による制約を受けるものとすべき法律上の根拠を見出すことはできない。
右の次第で、本訴請求のうち後遺障害補償額に関する代位請求部分については、被告と被害者との和解成立により原告に代位する余地がなく、そうでなくとも、右和解が成立したことを前提として、現実の支払は遅れたが金八〇万円の債権譲渡、金一〇〇万円の支払の合意が成立した時点で一部損害の填補があったことを理由として右の限度で被告が原告の代位請求をまぬがれるものであるとの被告の主張は理由がなく、また、被告の被害者に対する弁済の主張も、その支払時期及び支払額のいずれの点からしても原告の代位請求を妨げる事由に該当しないことは明らかであって失当といわねばならない。
六 とすれば、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 朴木俊彦)